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子宮癌細胞診の誤陰性及び逆誤陰性の条件付確率による検討

学術欄
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目次
はじめに ・ 対象 ・ 方法 
成績 [ベイズの定理] [誤陽性率] [逆誤陰性率]
考察 ・ 文献
Key Words / 細胞診, 誤陰性, 逆誤陰性, 条件付確率
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花高医院(長崎県佐世保市) 院長 古賀 汎
医師 古賀 喜久子
医師 古賀 文二

はじめに

 腟細胞診は子宮癌患者のスクリーニングの手段として有効であり広く行われている。しかし、癌の見落としは訴訟にもなりかねない。問題となるのは実際には癌であるにも関わらず,検診において陰性であると判断されるケ-ス(逆誤陰性のケ-スと言う)である。
もつとも,従来の論議では実際に逆誤陰性と診断される患者がどれくらいの確率で存在するかについては言及がない。そこで、本研究では,近年、統計学界のみならず、医学界においても,改めて注目を集めつつあるベイズの定理(Bayes' theorem)を用いて、逆誤陰性の確率値を導き,その意義について若千の考察を試みた。


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対象

 膣細胞診の誤診断は可避誤診不可避誤診とに分けられると考えられる。不可避誤診の主な要因としての誤陰性を基に細胞診の精度、逆誤陰性について,実際の施設検診を例にとり分析を試みた。
最近14年間の佐世保地区細胞診検査士部会の『老健法による子宮癌施設検診の成績』(表Γ教騎鎧、表Γ教騎鎧)によると要精検者数1274名がクラスΓ教騎鎧以上の細胞診陽性者であり、癌患者数203名が組織診陽性者である。誤陰性者は4名である。
同時期,同地域の子宮がんの罹患率は人口10万人対45名であり、長崎県がん登録事業報告(平成12年度)を資料とした。

表1 施設検診成績
受診者数  要精検者数 癌発見者数

S60

886 21 5
61 2968 86 19
62 4091 110 21
63 4033 114 14
H 1 4203 86 14
2 4537 138 27
3 5259 120 14
4 4493 114 17
5 4727 89 8
6 4503 89 15
7 4672 64 15
8 4504 76 10
9 4218 85 17
10 4084 82 7
合計 57178 1274 203

表2 誤陰性者、誤陽性者
症例 年別 細胞診 固定条件  細胞像  組織診  備考
1 S62 1 分泌期様頚管内膜細胞多数 頚部腺癌 Ope
2 S63 2 血液多く
やや不良
細胞数極めて少数 浸潤癌 放射線治療
3 H1 3 細胞成分多数間質様細胞出現 平滑筋肉腫 Ope
4 H1 4

異型細胞中等度

異形成-頚管炎 一時県外へ
現在Follow up中 3a
5 H2 5 異型細胞多数 異形成-頚管炎 現在Follow up中
6 H3 6 異型細胞少数 スメアΓ教騎鎧a頚管炎 スメア見直し
Over diagnosis 3b
7 H9 7 表層型異型細胞多数 異形成 スメア見直し
Over diagnosis 3b
8 H10 8 OQ好性、核濃染 核のやや
腫大した表層細胞少数
上皮内癌 スメア見直し
異型細胞は採れてない Ope

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方法

事象の記号化を行いCを被検査者は癌であるという事象(組織診が陽性)。CCを被検査者は癌ではない事象(組織診が陰性),Aを検診の結果が被検査者は癌の可能性であると示す(細胞診が陽性)。ACはAの逆の事象で細胞診が陰性の場合を表す。

P(C)は被検査者が癌である確率、P(A|C)は組織診が癌である被検査者の細胞診が陽性である確率、すなわち細胞診の精度を表す。

P(C|A)細胞診が陽性である被検査者の組織診が陽性である確率をあらわす。陽性反応的中度である。

P(AC|C)は組織診が陽性(癌の状態)の細胞診が陰性である確率をあらわす。誤陰性である。

P(C|AC細胞診が陰性である被検査者の組織診が陽性である確率をあらわす。逆誤陰性である。

P(CC|A)細胞診が陽性である被検査者の組織診が陰性である確率をあらわす。誤陽性率である。


表3 癌診断テストにおける分割表 

 癌 あり

 癌 なし

  合計

検査陽性

   a

  b

  a+b

検査陰性

   c

  d

  c+d

 合計

  a+c

 b+d

 a+b+c+d


スクリーニング検査で上記の記号化は条件付確率で汎用される記載法(アルファベット大文字)である。
従来のもの(アルファベット小文字)と比較する(表3)

感度(Sensitivity),精度(Accuracy)=a/(a+c)=P(A|C)

誤陰性率、偽陰性率(False negative rate)=c/(a+c)=1-Sensitivity=P(AC|C)

故に P(A|C)+P(AC|C)=1

陽性反応的中度(Positive predictve value)=a/(a+b)=P(C|A)

有病率(Prevalence),罹患率(Incidence rate)=(a+c)/(a+b+c+d)=P(C)=癌の確率

故に P(C)+P(CC)=1

逆誤陰性率(Inverse false negative rate)=a/(c+d)=P(C|AC

従来の統計表は各率を表現するには適しているが(アルファベット小文字)、その率をさらに計算するのは複雑となるため、それをまとめた確率記載法(アルファベット大文字)のほうが計算しやすく、ベイズの定理も使え便利である。

誤陰性率,誤陽性率、逆誤陰性率は条件を言葉で表現するとまぎらわしいが条件付確率の記載法で表現すると簡単になる。

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成績

このように記号化した事象に資料(表1,2)をあてはめると佐世保地区罹患率は人口10万人対45名であるから
P(C)=45/100000 P(C)+P(CC)=1なので

P(CC)=1-45/100000=0.99955である。

施設検診では癌患者数203名中4名の誤陰性者がいたのでP(AC|C)=4/203=0.0197 である。

表Γ教騎鎧では、P(AC|C)=40/1,687=0.0237=2.4%となる。

表4 長崎大学産婦人科教室における最近26年間の細胞診とその組織診の臨床統計

進行期 例数

1,2

3 4 5
0期 482 6(1.2) 114(23.7) 222(46.1) 140(29.0)
 1a期 217 8(3.7) 36(16.6) 77(35.5) 96(44.2)
1b期 393 8(2.0) 24(6.1) 89(22.6) 272(69.2)
2期 443 12(2.7) 29(6.5) 76(17.2) 326(73.6)
3期 126 5(4.0) 6(4.6) 23(18.3) 92(73.0)
4期 26 1(3.8) 1(3.8) 3(11.5) 21(80.8)
 1,687  40(2.4)  210(12.4)  490(29.0)  947(56.1)


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[ベイズの定理]

各確率を条件付確率ベイズの定理で表現すると

P(C|A)=P(A|C)ХP(C)/P(A)
P(A)=P(C)ХP(A|C)+P(CC)ХP(A|CC
P(A|C)+P(AC|C)=1 になる。 ・・・・・ (式1) 
これに前述の表1、表2での数値を代入する、

 P(A|C)=1-0.0197=0.9803   P(C)+P(CC)=1  P(C)=0.00045 なので

P(C|A)=0.9803Х0.00045/P(A)  
P(A)=0.00045Х0.9803+0.99955Х0.0197
P(C|A)=0.0219

これは罹患率P(C)=0.00045 のとき 癌検診の細胞診陽性者100名中癌患者(組織診陽性)は2.2名いることになる。集団検診に当てはまる。

施設癌検診では細胞診陽性者1274名中,組織診陽性者は203名なので100名中には15.4名癌患者がいたことになる。  15.4/2.2=7.07倍施設検診のほうが癌患者を多くみつけたことになる。

この理由は一方は対人口による罹患率0.00045(集団検診のとき)であり他方は対受診者による罹患率203/57178=0.0036(施設検診のとき)のためとおもわれる。

0.00045/0.0036=8.0が7.07倍を示唆している。

この証明は以下の通り、P(C|A)=203/1274=0.1539(統計上の実数)の値にP(C)=0.0036のとき近似するかの証明になる。
条件によりP(CC)=1-0.0036=0.9964  P(AC|C)=0.0197  P(A|C)=1-P(AC|C)=1-0.0197=0.9803

この4つの数値を式1に代入すると P(C|A)=0.152388になり統計上の実数に近似している。

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[誤陽性率]

次に誤陽性率について、P(CC|A)で表される誤陽性率は細胞診陽性がクラス3以上全部が入るため各クラスごとの分析はできない。誤陽性率を式2で示すと、

P(CC|A)=P(A|CC)ХP(CC)/P(A)
P(A)=P(A|CC)ХP(CC)+P(C)ХP(A|C)
P(A|CC)=1-P(A|C) ・・・・・ (式2)

になる。この式2に条件P(C)=0.00045  P(C)=1-P(CC)=0.9945  P(A|C)=0.9803  P(A|CC)=1-0.9803=0.0197  の4数値を代入すると

P(CC|A)=0.978 となり 式1よりのP(C|A)=0.022との合計が1.000の確率になる。

また条件P(C)=0.0036 にするとP(CC|A)=0.850 となり式1からP(C|A)=0.1523 との合計が1.0023の確率となり両方とも式1の誤陰性率と一致している。

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[逆誤陰性率]

最後に逆誤陰性率について、P(C|AC)で表される逆誤陰性はガン検診の見落しの一部になる。

逆誤陰性率の式3を示すと
P(C|AC)=P(AC|C)ХP(C)/P(AC
P(AC)=P(C)ХP(AC|C)+P(CC)ХP(AC|CC
P(A|CC)=1-P(AC|CC) ・・・・・・・・・・ (式3)

この式3に、条件となるP(C)=0.00045  P(AC|C)=0.0197 P(C|AC)=1-P(A|C)=1-0.9803=0.0197 P(A|CC)=1-P(C)=1-0.00045=0.99955 この4つの数値を代入すると、

P(C|AC)=0.0000089 となり人口100000人中,約0.9人の逆誤陰性者がでることになる(集団検診のとき)。

次に,施設癌検診の逆誤陰性者は式3に条件となるP(C)=0.0036 P(A|C)=0.9803 P(A|CC)=0.0197 P(CC)=1-0.0036=0.9964 この4数値を代入すると、

P(C|AC)=0.0000725 となり100000人検診受診者中 7.25人いたことになる。

受診者総数57178人では4.15(約4人)となり誤陰性者4人と一致し逆誤陰性者は誤陰性者と同数,同率に存在する。

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考察

臨床確率論で基礎となるのは対象者数と検査精度である。子宮がん検診の対象者数と検査精度に関する報告が文献11に発表されており、それと比べて本文の統計処理も成立する。
この細胞診条件付確率で次の三つが明らかになる。
第一に、この分析には誤陰性者の数、率が必要であり又同時期,同地区の罹患率が必要である。
第二に、従来の細胞診統計表示では充分表示できない誤診断となる逆誤陰性率が表示できる。
第三に、形態学的に悪性を診断する細胞診には誤陰性が不可避に存在する。この確率は同率で逆誤陰性の確率と同じである。
すなわち、子宮がん検診の組織診で癌であるのに細胞診が陰性の判定がでることがある(複数人判定でも)。これを誤陰性と言うが、この出現率と同じ確率で、細胞診が陰性の判定をうけた患者さんに癌が存在する。これを逆誤陰性と言うが、このことを『佐世保地区子宮がん検診成績』を基に条件つき確率により証明した。
この誤陰性の問題は細胞診だけでなく誤陰性のでる、臨床検査全般に渡り同様に存在すると思われ、故にこの細胞診条件付確率による統計処理方法は今後検討する価値があると考える。


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本論文の要旨は平成14年度第59回日本産科婦人科学会九州連合地方部会、第53回日本産婦人科医会九州フ゛ロック会において発表した。
また、産科と婦人科2003年12月号に掲載された。

本論文は平成14年度佐世保市医師会医学研究報奨金を受賞した。


文献

  • 1.
杉森 甫:中高年と子宮癌.産婦人科治療 58:52-55, 1989.
2. 甚木 勇:子宮癌集団検診とその問題点.産婦人科治療 59:382-390, 1989.
3. 日本母性保護医協会:産婦人科とがん.研修ノ-ト.補遺 :1-46, 1986.
4. 長崎大学産婦人科教室編:長崎大学産婦人科学教室における最近26年間の臨床統計 :96-103, 1995.
5. 日本母性保護産婦人科医会:これからの産婦人科医療事故防止のために(3) :3-14, 1993.
6. 高林 晴夫:子宮内膜癌細胞診における偽陰性例の検討.日本臨床細胞診学会誌 35:300-303, 1996.
7. 日本産婦人科医会:これからの産婦人科医療事故防止のために(16) :1-18, 2002.
8. 岩坂 剛:子宮頚部腺癌の取り扱い.産婦人科治療 82:175-179, 2001/2.
9. 野澤史朗:高齢婦人にみる産婦人科疾患とその対策.産婦人科の世界 53:1247-1257, 2001.
10. 神崎 秀陽:異常細胞診例の取り扱い方.産婦人科治療 82:153-157, 2001.
11. 久道 茂:子宮頚がん検診.新たながん検診手法の有効性の評価. 財団法人日本公衆衛生協会 60:121-142, 2001.

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