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ATLものがたり1

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佐世保市医師会案内
目次
(1) ・ (2) ・ (3) ・ (4) ・(5) 
佐世保市医師会案内

サンレモリハビリ病院院長 市丸道人

I はじめにひとこと

 平成2年まで筆者は長崎大学医学部原爆後障害医療研究施設に勤務し,当然のことながら原子爆弾の医学的影響について調査研究する使命があった。原爆被爆の後障害として白血病をはじめ各種の悪性腫瘍の増加が認められ,それは原爆の放射線の影響によるものであり,放射線の発がん機構を探るのが筆者らの研究課題の一つであった。1972年,筆者が教授となって以来,このテーマに取り組んできたが,一方では血液学の一部である白血病,悪性リンパ腫の病態研究も筆者の研究テーマであり,1981年頃,ATL(成人T細胞白血病)の原因とみなされるウイルスがみつかり,このウイルスによって発症すると見られるATLが長崎地方に多いことか明白になってから,ウイルスと発がんという研究テーマが加わることになった。もともと同じような原爆の放射線被曝量があっても白血病や悪性腫瘍になるのはその一部に過きず,全部の人がなるわけではない。このような疾患の発症にはさらにウイルスの関与があるという説があった。このようなことからも放射線とウイルスという二つの発がん因子の存在は重要と思われ,筆者らの研究意欲をそそるものがあった。そして教室をあげてこれらの問題に取り組んだが,月日の流れは早く未解決のまま筆者は定年を迎えた。此程,佐世保市医師会報に執筆を以来されたのを機に,ATL研究に関わった日々を振り返り,この医学的に問題の多い,又長崎に関わりの深い疾患とウイルスについて記してみたいと考えた。

II ATLという疾患と疫学

 ATLという疾患は悪性腫瘍,とくに白血病や悪性リンパ腫のような造血器腫瘍のなかでも治療の困難な予後不良の疾患で,最終的目標である治療法の確立には尚多くの問題があるが,たまたま同じTリンパ球の疾患であるエイズがこのATLと相前後して世に出てきたこともあり,しかもこの両疾患の原因とみなされる二つのウイルスがそれぞれに見つかってこの二つのウイルスは同じ分類に属するレトロウイルス(逆転写酵素をもつRNAウイルス)であることがわかり,興味が持たれたのである。この二つのウイルスは同じT4リンパ球(ヘルパーT細胞)に親和性があり,T4リンパ球に感染して一方はエイズの原因となり,他方はATLを引き起こすと考えられた。そして,現在,長崎はATLの多発地帯とされている。こういう背景を考えるとATLは本県にとって保健上も大変重要な意義をもっている。以下,ATLが世に出てから現在までのうつり変り,判明してきたこと等について筆者の知る範囲で述べる。まず,この物語りの始まりにATLが世に出てきたいきさつについて記す。
1975年頃のこと,ATL(Adult T-cell Leukemia,成人T細胞白血病)の疾患概念が提唱され,やがて認められることになった。もっとも今日ではATLL(Adult T cell Leukemia, Lymphoma)と呼ばれることが多い。このATLの疾患概念の提唱は当時京都大学の内科にいた高月清博士(熊本大学名誉教授)によるもので,成人に特有な新しい型の白血病として把えられた。白血病と名付けられたように、最初は末梢血液に出現してくる細胞の特徴に注目されたのであり,白血球の増加と異常なリンパ球系細胞の出現があり,この異常細胞は核に特徴的なきれこみがみられ,表面マーカーはT細胞であることが例外なく確認された。当時の京都学派の記述からみるとこの末梢の異常リンパ球が性格的には成熟型リンパ球の性状を示したことからか,従来の慢性リンパ性白血病に近い白血病と考えられた向きがあることが窺われたが,多くの症例は臨床的にはむしろ急激な臨床症状と経過をとった。ここで注目すべきは高月教授は何例か同様の症例か経験された所で,これらの患者の出身地が九州,特に殆どの症例が鹿児島の出身であることに気付いたことである。
このことが,本疾患の発症に地域特異性があることが判明するきっかけとなったのであり,この地域特異性がATLの原因ウイルスとされるHTLV-I(Human T Lymphotropic Virus Type I)の発見につながることになる。先にも述べたように早くからヒトのがんの原因としてのウィルスの存在が考えられ,追求されてきた歴史と背景からみて,又今まで,ヒトの明らかながんの原因としてのウイルスがみつかっていないことからも,ATLの原因ウイルスとみなされるHTLV-Iの発見は少なくともヒトのがんの原因の一つを明らかにし,身近に発がん機構を研究できるかも知れないという重要な意義を持つ大きな発見であった。筆者も助教授時代からリンパ球の免疫学的研究をテーマとしていたし,既に,高月教授の提唱したATLと全く同じT細胞腫瘍を数多く経験し,症例や標本もたくさん持っていたので,やがて,全日本規模でスタートしたATL研究班に当初から参加することになり,ATLという疾患の把握に貢献することができたし,ATLの疫学,T細胞腫瘍の疫学,HTLV-I感染の疫学,ウイルス感染径路,ATLの病像,病理,治療研究等のATL研究のすべての分野に参加することができた。
さて,ATLは高月教授によって発見された疾患であるという表現が用いられていることを見受けるが,正確にいうとこの疾患が新しく発見されだというのは正しくない。高月の提唱した疾患と同じものを筆者らは早くから数多く経験しており,一つの独立した疾患としてとり扱っていた。筆者らの白血性悪性リンパ腫として診断していた疾患がこれに相当するのである。同じ疾患の症例を数多く保有し,標本や資料を持っていたから,研究班に臨床,病理双方の面で貢献できたのである。
新しく判明したのはこの疾患の腫瘍細胞の表面マーカーがTであることであり,さらに重要なことは患者の出身地が日本の九州に多いことが判明したことである。筆者らは同じ疾患を多く経験していたけれども,九州以外の地域(本州)にそんなに少ないものとは気付いていなかった。灯台下暗しというべきか。
ATLの提唱があってから直ぐにこれは筆者らのT細胞性白血性悪性リンパ腫と同じものであることがわかったし,学界でもそのことを主張し,従ってATLはやがてATLL(成人T細胞白血病,リンパ腫)と呼ばれるようになるが,リンパ腫としては悪性リンパ腫のなかの非ホジキンリンパ腫に属し,この疾患がもともと若年者には殆どみられないことからATLとされた疾患が成人に多いことはむしろ当然のことであった。九州に早くからATLと同じものがあったことは熊本大学の小宮悦造教授の著書,臨床血液学のなかにも異常細胞の形態のスケッチ入りで書かれており,それを見てもうなづけることである。ATLの細胞がT細胞であるという知見が得られたことについて触れると,そもそもヒトリンパ球がT細胞とB細胞に大別できることか判明したのがごく近年のこと(今から約30年程前)であり,このことはリンパ球の免疫学的新知見として極めて重要なことであった。
大ざっぱにいうとB細胞は液性抗体を産生する細胞であり,T細胞はB細胞の働きを調節し,一部細胞性免疫として直接免疫反応に参加する。このリンパ球マーカーについてはリンパ球の腫瘍である悪性リンパ腫の腫瘍構成細胞のT,B別判別にも応用され,T細胞腫瘍とB細胞腫瘍(一部nonT nonB腫瘍)に大別され,ATLとされた疾患群がT細胞性腫瘍であることが判明した。悪性リンパ腫の腫瘍細胞のマーカーが明白になって,従来の悪性リンパ腫学を大きく変えるようになったいくつかの事実があるがそのことについては後述したい。図1 
ATLの研究班がスタートし,間もなく日本の悪性リンパ腫のT,B別の免疫学的研究が全国規模で開始された。つまり,T細胞性のリンパ球の腫瘍であるATLが,九州に偏在し,基本的に従来の悪性リンパ腫と同じものであることがわかり,日本全体の悪性リンパ腫のT,B別分布,ATLとしての全国分布を調査する必要がでてきたのである。其頃,一方ではATLという一つの白血病性疾患が九州,四国に偏在する事実から,その地域に特異的な原因因子,例えはウイルスの存在の問題等を解決すべく研究が開始されていた。ウイルス発見については次号に譲る。
 1979年,国立がんセンターの未舛恵一博上を班長とする研究班ができて,日本の悪性リンパ腫のT,B別の調査研究が開始された。
 全国から集めた成績をまとめた愛知県がんセンター研究所の田島和雄博士の報告によると日本の悪性リンパ腫のT,B別分布は図1に示すように九州,四国では圧倒的にT細胞型が多く,日本各地のT細胞型腫瘍の割合はこれにくらべると低いがアメリカやヨーロッパに比べるとT細胞型の占める割合が多いという結果がでた。この結果ATLの多発地域は悪性リンパ腫のなかのT細胞型の占める割合が異常に高いことが判明した。
図2 同じ頃,報告されたATLについての分布も調べられ,既に述べたように九州,四国に多いことが明らかで,九州では長崎,鹿児島に多く四国南岸にと日本の各地では太平洋側,日本潅側の海岸に沿って散発しているのがわかった。これらはATL研究初期の今日でいう急性型ATLの例が多いと思われるが、其後のリンパ腫型を含めて,大きな変化はない。九州のなかでも発症に偏りがあり,東側には比較的に少ない。これは後述する抗ATLA抗体(HTLV-Iに対する抗体)陽性率も同様で,抗体陽性率は長崎県内においても場所によって大きな差があることが判明した。九州のATLは其後,熊本県で若干報告が増加した。

III 病理

 ATLは当初白血病と名付けられたように臨床的に未梢血に出現する異常T細胞とその増加が特徴づけられたが,まず血液所見や臨床症状から診断されたATLでも90%以上にリンパ節腫を認め,そのリンパ節腫がどういう組織構造を示すかは関心が持たれた。筆者らは既に蒐集していた,リンパ節標本や同一症例の末血標本などを病理研究班の方々に送って検討してもらった。研究班に属しておられた病理学の先生方の主な方々は花岡正男京大教授,菊池昌弘福岡大教授,須知泰山愛知がんセンター部長,三方淳男慶応大学助教授等である。この検討の結果,ATLにみられるリンパ腫構造は非ホジキンリンパ腫のびまん性型の種々の型がみられ,もっとも代表的なのが多形細胞型であろうということであった。多形細胞型とは腫瘍が大小の大きさの細胞から構成され,細胞個々の異形性も強いという意味であるという説明であった。この大型の細胞にはホジキン病のReed Sternberg細胞に酷似する細胞もあり,過去の日本西部のホジキン病のなかにATLが誤って入っていた可能性があることなどが判明した。(以下次号)


佐世保市医師会報第76号(平成9年 初夏)より平成13年2月7日転載

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